先日2/17にキャプラン青山校で開催されたキャシー・ヴァン・ジルMWによる古木セミナーのレポートをお届けします。
南アフリカ出身のキャシー・ヴァン・ジル氏は2005年にMWに合格。2024年9月までMW協会議長を務め、現在は教育部門のトップを担当されています。
日本には何度かいらしていますが、コロナ以降初の来日となる今回は、夫のフィリップ・ヴァン・ジル氏と同行。フィリップ氏は、南アフリカワインの権威あるガイド「プラッターズ・ワインガイド」のディレクターを25年にわたり務める南アフリカワインのエキスパートです。

セミナーにはキャシー&フィリップ・ヴァン・ジル両氏とともに大橋健一MWが登壇。通訳はWOSA Japan代表の高橋佳子が務めさせて頂きました。
■南アフリカの古木の特異性
さて今回のテーマは、「Old Vine (OV)」、南アフリカが国を挙げて推進しているプロジェクトです。

古木に関する取り組みは世界にありますが、南アフリカが世界で優位なのは、SAWIS(南アフリカワイン産業の情報機関)の徹底した管理のおかげで、ブドウ畑の植樹年が1900年まで把握できる点。それは世界でも唯一無二です。
SAWISデータによると、古木の割合は南アフリカ全体の栽培面積の約5.4%。国全体のブドウ面積は減少しているにも関わらず、OVの栽培面積は、2016年から2023年の間に2952ha→4870ha弱と1.5倍以上に増えています。
品種としては白ブドウが大半で、シュナンブランの比率が約半分の2475haと圧倒的。次にコロンバール、ソーヴィニヨン・ブランと続きます。赤はサンソー、ピノタージュが多く、その後にカベルネが来ますが、面積はかなり少なめ。産地としてはステレンボッシュ、スワートランド、パールの順に多く、多かれ少なかれ全域に古木は存在しています。
■ロサ・クルーガーの功績
古木を語るうえで欠かせないのが、Old Vine Project (OVP)発起人のロサ・クルーガー氏。サディ、デヴィッド&ナディア、マリヌーなどのスワートランドの著名生産者を巻き込みながら、古木の価値を訴え続けてきました。
OVPの最たる目標が、樹齢35年以上の古木を次世代へ継承すること。
2002年のプロジェクトスタート時、ロサ氏が直面したのが、貴重な古木が多くの農家で引き抜かれそうになっている現実。古木は収量(=収益)が落ちるため、ブドウ樹を新しく植え替えたり、他の作物に転換したりする農家もいました。そこでロサ氏は、古木の素晴らしい価値をまず農家を説き、続いてワインメーカーにも訴え、業界全体でイニシアチブを確立していきます。
経済的に持続可能であることは、OVPにとって大事なファクターです。
古木のブドウの価値を高め、消費者に正当な価格でワインを購入してもらえば、ワイナリーもブドウの買取価格を上げることができ、結果、農家も収益を確保できます。
そのための手段として2018年に導入したのが、世界初の古木認証シール。OVPが樹齢35年以上で規定を満たすと認証したブドウ畑から造られるワインには、ボトルネックに植樹年のシールを張ることが可能になりました。このシールにより、ぱっと一目でワインに特別感を与えられます。

認証シールの効果はさっそく現れ、飲食店に「ヘリテージヴィンヤード」のワインコーナーが設けられたり、新たなコンクールの賞が新設されたりと、新しいマーケットを生み出すことに成功。輸出の際にも認証シールへの需要が上がっているそうです。
「シールの存在によって、消費者はより高い金額でワインを購入する」という研究結果が出ており、1年樹齢が高まるごとに3ランド=>樹齢35年で+103.6ランド(約1000円)が付加価値として上乗せされるというデータも。
このようにOVPの成功によって古木の引き抜きも減り全体の古木の面積も増加し、今は130以上の生産者、350以上のヘリテージヴィンヤードからワインが生産されています。
さらに古木を守るだけでなく、将来の古木を育てる取り組みにも尽力。例えばVITITECという機関と協力し、南アフリカの最も優れたブドウ畑から挿し木を採取、ウィルスを除去したクリーンな苗木を作成しているそうです。

OVPの活動は、世界中のワインステージにも影響を与えています。昨年には、OIV(国際ブドウ・ワイン機構)の全メンバーに対し、「Old Vine」という呼称が何年以上を指すのか明記するように提案。具体的には、「Old Vine」に認めるブドウ畑には最低でも85%の35年以上のブドウ樹が植っているべき、と提言したそうです。
また、シュナンブランはロワール発祥のブドウ品種ですが、フランスでは絶滅してしまったクローンが南アフリカには現存しているため、ロワールの組織と協力し、フランスに南アフリカのクローンを逆輸入する取り組みも行なっています。
■古木のもたらす味わい
それでは古木は、具体的にワインにどのように影響するのでしょうか。
ステレンボッシュ大学のシュナンブランに関する研究では、古木は以下の矢印のようなアロマに貢献するという研究結果が発表されています。

同じくステレンボッシュ大学の研究では、若木(7年)と古木(53年)のピノタージュのワインを分析・比較した結果、「古木の方が酸が高く、アルコールが控えめで良好なpHになる」という結果が出たそうです。
「若木と比べると、より栽培環境が厳しくなるほど、差は大きく現れると思う」とキャシー氏。
・より根が深く張るため、土壌深くの養分や水分にアクセスでき、干ばつや洪水など環境の変化にも耐性が強く、一貫した果実ができる
・古木では細かい根が毛細血管のように張り巡らされ、菌根ネットワークが複雑に発達。菌類、バクテリアを介してより多くの養分を吸収できるようになる
・樹液の流れが良くなり、果実とのバランスの良いキャノピーが育つ
など様々な要因が挙げられていました。
古木だからといって、必ずしも質が高くなるというわけではありませんが、「より凝縮度が高く、複雑さ、テクスチャーや味わい深さが出る」「よりテロワールの表現ができる」など様々な意見があるそうです。

テイスティングは充実の8種類。うちシュナンブランが4種類でした。
①Thorne & Daughters – Paper Kite 2023
(Old Vine Semillon: 樹齢60年)
古木も多く残るセミヨン。若木にはないセミヨンの魅力を出したい、とスワートランドの注目の生産者ソーン・ドーターズによって造られた1本。
「ライムやオレンジのような柑橘のフレーバー。口に含むと塩味があり、マルガリータを飲んだ時のような印象。ミッドパレットから余韻の長さも注目すべきポイント」とキャシー氏。
「果実感が前面に出るよりは旨味が特徴で、お料理との相性がいいフードワイン」とフィリップ氏。
②Rascallion – 33 1/3 RPM 2023
(Old Vine Chenin Blanc: 樹齢42年と46年のブレンド)
古木のシュナンブランが1500haほどとかなり多く栽培されているのがWOウェリントン。古木のワインは通常数が少なくプレミアム価格ですが、こちらはリーズナブル。スクリューキャップで、早めに飲んで頂けるスタイルです。
温暖な地域らしく、ピーチやパイナップルのような、熟したシュナンの特徴が出たワイン。アルコール13.5%としっかりしたボディ、ウェイトもあります。「同価格帯の若木のワインと比べると、このワインは明らかに余韻の長さがあり、そこに魅力がある」とキャシー氏。
③David & Nadia – Skaliekop 2023
(Old Vine Chenin Blanc: 樹齢40年)
スワートランドのやや平坦な畑の株仕立ての古木を使用。
David & Nadiaといえば、土壌違いでワインをリリースしたパイオニア。こちらは風化した頁岩の畑のブドウを使用。スワートランドは気候的には温暖ですが、冷たい海風が夜温を下げ日較差が非常に大きいため、生き生きした酸が残ります。
Old Vineのワイン造りではスキンコンタクトと旧樽使用がトレンドとのこと。このワインも30%がスキンコンタクトで、ステンレス&コンクリート&古樽での約2週間のスキンコンタクトが、独特のテクスチャーにつながっています。
キャシー氏「グラスの中で変化を見せてくれる美しいワイン。スワートランド特有のダスティ感、ハーブを思わせる清涼感も感じる。ホワイトピーチ、アカシアの花。酸が生き生きとしていて、閃光を感じるような鮮やかな酸味」
「味わいは抑制が効いて、純度が高い正確性、緻密さのあるワイン。職人気質のワインだと思う。とてもピュア」とフィリップ氏。
④Kaapzicht – The 1947 2023
(Old Vine Chenin Blanc: 樹齢78年)
1947年植樹と、かなりの古木。曽祖父が植樹した際は6haあった畑が、樹齢の高まりとともに現在は1.6haまで減少してしまったそう。
ステレンボッシュの中でも比較的暖かい区画だけあり、ワインの色もぐっと濃くなり、リッチで芳醇なタイプのシュナンブラン。
「フィンボス(南アフリカの植物群)、黄色い桃、パイナップル、白い柑橘、ダスティな感じもあり、酸味とバランスが取れたワイン」とキャシー氏。
残糖が5gほどありますが、甘みを過度に感じさせない良いバランスです。その要因は全房プレスにあり、と解説。全房プレスのメリットは、まず一つが果梗の存在によってプレス果汁の通り道ができ、クリーンな果汁が取れること。そして果梗&果皮にあるタンニンが少し加わることで、いいバランスに仕上がるそう。
そもそも南アフリカは日照豊富で暖かいため、糖度が上がりやすく、果実味がしっかりあるワインになりがちです。さらにアルコールの高さ=グリセリンも甘みの感覚に繋がるため、甘みの要素とのバランスをとることが良いワインの鍵となるのですね!
⑤Opstal Carl Everson 2023
(Old Vine Chenin Blanc: 樹齢39年)
シュナンブランの最後は、Slanghoekという珍しいエリアの古木のシュナンブランを使用した白ワイン。
この年は収穫時の雨を避けるため、意図的に早く収穫したそうですが、それでも13.76%アルコールと高め。キャシー氏「味わいと香りのコントラストが素晴らしい。リッチで芳醇なアロマを感じるが、口に含むとドライ」。
⑥Donkiesbaai – Cinsault 2023
(Old Vine Cinsault: 樹齢58年)
ここからは赤ワイン。
こちらのサンソーは色も淡く、チャーミングな赤果実、スパイシーさ、南ア特有のフィンボスの香りもあり、軽やかでとても今っぽいワイン。
「Old Vineの赤はライトなスタイル=ニューウェーブなスタイルが多い。このワインは、ピュアで軽やかでありながら、ボジョレーのガメイなどMC法によるワインに比べるとよりシリアスで、タンニンのストラクチャー、果実の風味や複雑さもある。単純に飲んでいて心地よく、ブドウ畑の声をしっかり反映したワインだと思う」とキャシー氏のコメント。
⑦A.A Badenhorst – Raaigras 2023
(Old Vine Grenache Noir: 樹齢73年)
日本でも大人気のスワートランドの生産者A.A バーデンホースト。こちらは最も樹齢の高いグルナッシュの一つで、区画に12列ほど(0.8ha)しか残っていないとのこと。「新樽は、果実の特徴を全て殺してしまう」という非介入主義のアディの考えのもと、500ℓの古樽で1年熟成。「苺やラズベリーなど赤果実の風味、軽やかでフレッシュでありながらほどよいタンニンがあり、非常に良いワイン」。
⑧Cecilia – 2021
(Old Vine Piniotage: 樹齢49年と44年のブレンド)
南アといえば外せないピノタージュ。
このワインはキャシー氏のご友人が造ったもので、売上の10%は音楽学校やアフタースクールなど教育支援に充てられるそう。
キャシー氏「Old Vineの特徴がしっかり出たワイン。まだまだ若いワインだが、マルベリー、レッドチェリーなど魅力的な風味。パレットは最初は少し甘く感じるが、後からドライなタンニンのストラクチャーがきいてくる。パワフルに造られることが多いピノタージュだが、これは古木ならではの果実の特徴を忠実に表現したワインだと思う」。
たしかに色も濃く、アルコールも14.5%もしっかりありますが、濃すぎない良いバランスです。
「ピノタージュはサンソーとピノノワールの交配品種で、それぞれの親品種の個性持っていると言われつつ、濃い色調&フルボディ&抽出の強いワインが伝統的に造られてきた。このワインは、ピノタージュがもつ強さと、Old Vineならではの軽やかなスタイルのちょうど中間を目指していると感じる」とフィリップ氏も解説してくれました。

大橋MWは、「今回シュナンブランが多かったなかで、単純な比較はできないが、総酸度が低いのは一つの特徴。ロワールのシュナンブランは6後半~7位のものがあるが、南アフリカのものは高くても6程度。果実のブライトなトーンは控えめで、調和している印象」と総括。
大橋MWのワインショップintertWine K×MでもOld Vineは重要視しているカテゴリーだそうです。
(翌日にintertWine K×Mで開催されたイベントのレポートはこちら)
総勢約60名の熱心な愛好家・プロフェッショナルが集い、熱気にあふれたセミナーでした。
<参考>*OVPについてもっと詳しく知りたい方はこちら。
https://oldvineproject.co.za/
<Aya Mizukami>